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ホームシックにならない理由。
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私の高校の入学式には冷たい雨が降っていました。
会場である体育館には沢山の椅子が並び自分のクラスの札がついた場所に行くと淡いピンクのパンツスーツを着たショートヘアーの若い女教師が胸に「入学おめでとう」のピンクのリボンを付けてくれました。
その後、案内された通路側の席に座り他の生徒が揃うのを待ちました。
傘の置き場に困っていると、すでに隣に座っていたまつ毛の長い女の子が私の横に置いてあげるから、と傘を置いてくれました。
入学式が始まり、長い挨拶の最中にちらりと横の席一列に目をやりました。
皆はしっかり膝の上に両手を置いていました。
が、隣の傘の女の子はずっと右手の親指と左手の人差し指を合わせ、離すと同時に左手の親指と右手の人差し指を合わせ、を繰り返していました。
「さとうさんは入学式の時落ち着きがなかったね。」とあとから反対隣に座っていたすずきさんにも言われていました。

さとうさんと私は出席番号がつながっていたので教室での席が前後になりました。
授業中にペアを組むことも多かったし、入学早々アルバイトをしている数少ないクラスメイトの一人だったこともあり私たちはすぐに仲良くなりました。
放課後や週末にはお互いの家を自転車で行き来するようになりました。
1年生の終わりにはアルバイトで貯めたお金で二人で初の海外旅行に行きました。

2年生、3年生と私たちのクラスは別々になりました。
さとうさんと同じクラスのS子が私のクラスの男の子に恋をしていて休み時間ごとに私のクラスにやってきました。さとうさんはそれに毎回付き合い、学校の端のさとうさんの教室からその反対の端にある私の教室まで毎休み時間やってきました。その度に私も廊下に出てさとうさんと話しをしました。(S子はその男子に夢中で周りの会話が耳に届いていない様子でした。)
さとうさんは文化祭で学年の女子一人だけが貰える「100万ボルトのスマイル賞」を獲った美人だったので私のクラスの男子たちは毎休み時間にさとうさんがやって来ることにまんざらでもない様子でした。
受験勉強で忙しくなっても相変わらずお互いの家を行き来したり、長電話をしました。私の親戚の集まりにさとうさんが来ることもよくあり、皆がさとうさんを知っています。

私たちは同じ短大に進むことになりました。
今までの自転車通学とは違って、定期券で行動範囲が広くなった事にワクワクしました。
この時はバイト先も一緒だったので、仕事の後に終電近くまで遊ぶこともありました。
私が運転免許を取ってからお互いの家を自転車で行き来することはなくなり、夜中のファミレスは私たちの大好きなもののひとつでした。くだらないことを永遠と話し、沢山笑って、一緒に泣いて、悪いこともたくさんして私たちは学生時代を過ごしました。

高校1年生からもうすぐ20年経っちゃうよ、とさとうさんは食後の紅茶を片手に言いました。
私の家で。

あれから私たちはほとんど離れることなく同じ街で暮らしています。
さとうさんは短大を卒業した年の誕生日にパースに留学しました。
私はそれを追って、結果的に二人とも永住権を取得しました。
一緒に暮らしたこともあったし、ここで一緒に働いたこともあります。
さとうさんの家族と一緒に帰国することもあります。
(本当は旧姓さとうさんです。)
最近は数ヶ月連絡をとらないこともよくありますが、長い海外生活、お互いとても心強い存在です。

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by bon-amulet | 2011-07-21 20:46 | 私の事
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